プロセスシステム工学とは?

化学プラントに代表される複雑かつ大規模なシステムの設計、開発,制御、操作、管理からなるライフサイクルの各段階において、合理的な意思決定を行うためのシステマティックな方法論を研究しています。プラント運転・制御・監視システムの要素技術は、制御、監視・診断、最適化です。


研究テーマ1 アラームマネジメント

プラントアラームシステムは、オペレータがプラントの異常を早期に検知し、正確な異常診断をするための重要なインタフェースの一つです。高度に自動化されたプラントにおいても、人間のほうが機械よりも融通性に富むという理由から、異常診断や異常対応はオペレータに強く依存しています。近年のプラントの大規模化や計器室統合は、一人のオペレータが担当するアラーム数の増加や、異常診断プロセスの複雑化を招き、オペレータの負担をますます大きくしています。

@ プラントオペレータの認知情報処理モデルによるヒューマンエラー発生メカニズムの解明

これまでのアラームシステムの多くは、オペレータの特性を明示的に考慮して設計されていなかったため、人間とシステムの機能(役割)配分が直感的に把握しづらく、ヒューマンエラー発生の要因となっていました。この問題の解決のためには、オペレータと運転支援システムの関わりを認知情報処理プロセス(情報獲得、情報解析、意思決定、行為実行)のレベルで詳細に分析し、システム設計にフィードバックするというアプローチが重要です。そこで本研究では、プラントオペレータの異常診断時の認知情報処理モデルを用いて、頻発するプラント事故の主要因である異常診断過程におけるヒューマンエラーの発生メカニズムを解明に挑戦しています。ヒューマンエラー発生から異常診断ミス、プラント事故に至るメカニズムが明らかになれば、事故につながるヒューマンエラーを防ぐ方策や、ヒューマンエラー発生から事故に至る途中の段階でエラーの連鎖を断ち切る方策を打ち出すことができます。ヒューマンエラー解析で得られた知見に基づき、ヒューマンエラーに強い異常診断支援システムやオペレータのヒューマンエラー回避策を提案します。



A 論理アラーム処理のヒューマンエラー抑制メカニズムの解明

アラームシステムの新たな機能として、論理アラーム処理が、オペレーションの現場に急速に導入されています。これらの機能は、アラームの洪水が発生したりアラームの処理が滞ったときに、同じ種類のアラームを一つにまとめたり、発報したアラームの中で重要度の低いものを一時的にオペレータから隠すことで、重要アラームの見落としなどのヒューマンエラーの発生を防止します。しかし、論理アラーム処理への過度の依存は、オペレータの正しい異常診断を支援するというアラームシステムの本来の機能を逆に低下させる恐れがあります。そこで本研究では、アラームの洪水や連鎖アラームなどの有害アラームが引き起こすヒューマンエラーに対するアラームサプレッションやシェルビングなどの論理アラーム処理の抑制効果を、オペレータモデルを用いた異常診断シミュレーションにより、認知情報処理プロセスのレベルで詳しく解析しています。得られた知見に基づき、ヒューマンエラーが発生しにくいアラームシステムのプロトタイプを作成し、現役オペレータによる実験によりその有効性を検証します。


B プラント運転ログデータのイベント相関解析によるアラームシステムの適正化

プラント監視制御システムの急速な高性能化によって、大量のアラームを低コストで監視制御システムに設定できるようになりました。しかし、個々のアラームの必要性や管理範囲の妥当性が十分検討されないままアラームシステムが設計されている運転現場も多く、連鎖アラーム、繰返しアラームや対応操作なしアラームなどの迷惑アラーム発生の要因となっています。連鎖アラームとは一つの異常事象に対して複数のアラームが連鎖して発生すること、繰り返しアラームとはアラームが発報と復帰を短時間周期で繰り返すこと、対応操作なしアラームとはアラーム発報時に対応操作が不要なアラームであることを意味します。迷惑アラームは、オペレータに有意な情報を与えないばかりか、オペレータの余計な負担をもたらします。迷惑アラームの削減は、安全なプラントオペレーションのための重要な課題となっています。 本研究では、プラント運転ログデータから迷惑アラームを抽出する方法としてイベント相関解析法を提案しています。この方法では、一定のタイムウィンドウ幅でバイナリ変換したアラームや操作のイベント発生系列間の最大相互相関値に基づき、関連するイベント群をグルーピングします。そして、グループを構成するイベントの種類から、連鎖アラーム、繰り返しアラームおよび対応操作なしアラームを抽出します。イベント相関解析法は、関連するイベント群単位で対策を検討できるため、個々のイベントに着目する従来法に比べ、効率的な迷惑アラームの削減が期待できます。提案法は、エチレンプラントの運転ログデータに適用され、個々のイベント情報からだけではわかりにくい迷惑アラームの発生原因を的確に発見できること、発生頻度の少ない迷惑アラームを抽出できることが実証されています。

C Cause-Effect モデルによるプラントアラームシステムの設計

近年のプラント分散制御システムの高度化により手軽にアラームシステムを構築できるようになった反面、不要な監視変数にまでアラームが設定されるようになり、運転に必要のない迷惑アラームや、短時間に多数のアラームが頻発するアラームの洪水が起こっています。迷惑アラームやアラームの洪水は、オペレータの誤判断や誤操作を招き、多発するプラント事故の大きな要因となります。本研究では、このような問題を解決するために、プラントで想定される異常原因発生後の状態変数の異常伝播を表すCause-Effectモデルから、想定異常を静的には完全に識別することができるアラーム変数の組合せをシステマティックに導出する方法を研究しています。

 

研究テーマ2 スマートマイクロリアクタ

微小空間がもたらす特異的な反応場を利用するマイクロリアクタは、高い生産効率が期待される新しい物質生産プロセスです。日本が得意とする半導体微細加工技術をベースに、反応装置、分離装置、分析装置などをワンチップ上に集積したマイクロ化学プラントは、従来の大規模プラントを中心とした化学産業を根本的に変えてしまう可能性を秘めています。本研究では、最新の数値流体解析テクノロジーを利用して、高効率マイクロ化学プラントの設計・運転に必要な基盤技術の確立を目指します。

@ スマートマイクロリアクタの開発

多数のマイクロ化学反応チップが集積化されたシステムが、システム全体として様々な外乱を補償したり、システム内部の異常原因を特定するためには、個々のチップに自律制御機能や自己異常診断機能を持たせるというスマートチップ化が有効です。そこで本研究では、マイクロ化学反応システムの生産システム化を目的として、、下図に示すような1チップ上にマイクロ化学反応部、マイクロアクチュエータ、マイクロセンサ、自律反応制御回路、自己異常診断回路、外部との通信インターフェースを持たせスマートチップ化するための基礎的な検討を行います。

A マイクロリアクタのチャネル閉塞診断

マイクロリアクタを生産プロセスとして長期間安定的かつ効率的に使用するときの課題として、マイクロチャネルの閉塞があります。本研究では、マイクロリアクタ内の圧力分布の実測値と、モデルを用いてあらかじめ計算したチャネル閉塞時の圧力分布の推算値との相関関係から閉塞チャネルを検出し、閉塞率を推定する方法を提案しました。マイクロリアクタ内部の圧力分布の推算には、マイクロリアクタ内部を複数のコンパートメントに分割し、コンパートメント間の流量−圧力関係に基づく圧力バランスモデルを用います。実プラントの代わりに、数値流体力学シミュレーションを用いて提案手法を検証した結果、すべてのチャネルに圧力センサを設置した場合には100%の精度で閉塞チャネルを特定できることを証明しました。

 

研究テーマ3 プロセス制御・最適化

@ 設計と操作の融合的最適化法の開発

一般に化学プロセスの最適設計は、定常操作をベースに基本設計を行い、その後起動停止操作や負荷変動などの非定常操作を考慮して新たな機器を基本設計に追加するという手順で行われていました。しかし、燃料電池システムのように頻繁な非定常操作が要求される化学プロセスが増加するにしたがって、設計の初期段階から非定常操作までを考慮した設計・操作の融合的最適化手法の開発が重要課題となっています。 一方、晶析プロセスやマイクロ化学プロセスのような装置形状機能発現型化学プロセスでは、装置形状が機能の発現に大きな影響を与えます。このような形状と機能発現の関係を正確に評価してプロセスを設計するためには分布定数系モデルを用いた厳密な数値流動シミュレーションが不可欠ですが、数値流動シミュレーションには膨大な計算時間が必要となるため、これをプロセスの最適設計に直接利用することは現実的でありません。 そこで本研究では、設計と操作が相互に影響を与えあう形状機能発現型化学プロセスの最適化問題を解く実用的な解法の開発を目指します。

A 化学プロセスの非線形計画問題に対する分解法

化学プロセスの最適化問題は一般に非線形計画問題として定式化されますが,問題を記述する評価関数や制約式に含まれる変数は大部分が線形であり,非線形変数はわずかである場合が少なくないという特徴があります.ここでは,非線形変数に比べて線形変数の数が多いという化学プロセスの最適化問題の特徴に着目して,問題を線形部分と非線形部分に分解して効率的に最適解を求める新しい分解法を研究しています.提案手法は,原問題を非線形変数からなる親問題と線形変数からなる子問題に分けて解くため,非線形変数に比べて線形変数の次元が非常に大きい問題を効率的に解くことができると期待されます。

 

研究テーマ4 環境システム

@ 環境配慮型プロセス設計のためのライフサイクルアセスメント

持続可能な社会の構築のためには、ライフサイクルアセスメントに基づく環境配慮型プロセスの設計が重要です。本研究では、再生可能原料であるバイオエタノールからの化学品の製造プロセスを対象に、ライフサイクル全体におけるプロセスの環境負荷、製造コスト、リスクを、プロセスシミュレータにより定量的に評価する方法を提案しました。従来のライフサイクルアセスメントは、インベントリデータとよばれる同種の既存プロセスにおける実データに基づき実施されていました。しかし、バイオエタノールからの化学品製造プロセスのような完全な新規プロセスではインベントリデータが利用できません。プロセスシミュレーションにより精度の高いインベントリデータを推算し、最適な製造プロセスを選択する点が、本研究の独創的な点です。

A 持続可能な化学プロセス設計フレームワークの提案

これまで化学プラントの設計は経済性評価を中心に進められていました。しかし、持続可能な化学プラントとするためには、温室効果ガスや有害廃棄物の排出量についても経済性評価と同等に考慮して設計をする必要があります。本研究では、従来のプロセス設計のフレームワークに、マテリアルフローコスト会計の考え方を取り込むことで、新しい化学プロセスの設計フレームワークを提案します。マテリアルフローコスト会計とは、プラントの建設コストと運転コスト情報に、マテリアルの重量情報や温室効果ガス等の排出情報を統合することで、製造ロスに投入した材料費、加工費、設備償却費などを「負の製品のコスト」として、総合的にコスト評価を行なう環境会計手法です。提案手法により、廃棄物として出るモノは最初から入れないという化学プロセスのイノベーションが期待できます。

研究テーマ5 ヒューマンリソースマネジメント

競争力向上のための製造部門の少人化を背景に、一人の運転員が担当できるプラントや工程の範囲を広げる多能工化が石油化学産業の運転現場で進んでいます。多能工化によって少人化された運転現場では、プラントの状況に応じて個々の運転員の役割は変化します。スキルが低く作業範囲が限定的な新人運転員が担当する工程で異常が発生した場合、異常工程を熟知したスキルの高い運転員がスキルの低い運転員と担当工程を一時的に交代することになります。交替制勤務における一つのシフト(班)のメンバーは、想定したすべての異常や緊急状態に対応できなければなりません。 このような背景の中、個々の運転員のスキルレベルを組織的かつ計画的に向上させるスキル開発モデルの整備と育成を考えたシフト編成が重要な課題となっています。

@ プラント運転シフトの異常/緊急対応能力の定量的評価法

運転員の多能工化においては、個々の運転員のスキルレベルの認定・評価をもとにして、プラント異常や緊急状態に対するシフトの対応能力を定量的に評価・把握することが重要である。本研究では、運転員の多能工化によって少人化が進んだシフトメンバーの配置問題を取り上げ、数理計画問題として定式化し、シフトの異常/緊急対応能力を定量的に評価する手法を研究しています。

A スキルレベルに基づくプラント運転シフトの最適化

個々の運転員のスキルレベルが与えられた条件下でのシフトの異常/緊急対応能力の最大化を目的に、シフト編成最適化問題を数理計画問題として定式化することを考えています。シフト編成最適化がヒューリスティックに行われているシフト編成に比べてシフトの異常/緊急対応能力を向上させることをケーススタディによって検証します。

 

過去の研究テーマ

これまでに以下の研究テーマに取り組んできました。


各種構造を有するバッチ蒸留プロセスを対象に最適操作法を導出し、分離条件と最適構造の関係を明らかにした。その結果から、新しい省エネルギー型バッチ蒸留プロセスとして多重効用型バッチ蒸留システムを提案しました。提案したシステムは、「多重効用」という仕組みをハードウェアとして有しており、本質的に省エネルギー型分離システムであるという特徴を持っています。当初はシミュレータによる検討が中心であったが、研究の後半においては、研究室内に本格的な分散型制御システムを装備した実生産規模パイロットプラントを建設し、その分離性能に関する実証実験を行いました。その後、制御系を改良した提案システムに関して特許を取得しています。
 


 2成分共沸混合物を蒸留によってそれぞれ純成分に分離する際には、多数のエントレーナー候補の中から最適なエントレーナーを選び出す作業が大きなウェイトを占めます。これは、添加するエントレーナーによってプロセスの最適な構造(操作)が変化するため、全てのエントレーナー毎に基本設計を繰り返し行う必要があるからです。そこで本研究では、複数のエントレーナー候補に対し、バッチ蒸留塔を用いた分離シーケンスの候補を合成し、物性などに基づく制約条件を用いて候補の絞り込みを行うことで、最適なエントレーナーと分離シーケンスをシステマティックに導出するシステムを開発しました。このシステムでは、蒸留境界線の形状からエントレーナー候補をいくつかのタイプに分類することで、分離シーケンスの絞り込み作業をより省力化しました。作成したシステムをWater-Ethanol混合物を10種のエントレーナー候補を用いて分離する問題に適用し、その有効性を検証しました。


人間の認知状態を同定したり、ヒューマンインタフェースを評価する試みのひとつとして、これまで脳波などの生理指標を用いてオペレータの思考状態を推定する研究が行われてきました。本研究出は、より詳細に人間とシステムの相互作用を分析する手法としてオペレータの視線移動解析や生理信号データに着目し、それらの情報に基づくオペレータの異常診断過程の解析に取り組みます。

近年、石油産業や化学産業において、ベテラン運転員から若手運転員への運転技術の伝承が重要な課題となっています。これは、様々なトラブルを経験したベテラン運転員が大量に退職する時期に至っているいわゆる2007年問題のためです。そこで本研究では、作業情報データベースや、人間工学的解析で得られたノウハウなどを、未熟練作業者への教育、訓練に活用するための支援システムを開発します。


開発ソフトウェアが化学工学会ソフトウェア・ツールコンテスト2005優秀賞を受賞しました!


プラントの危険状態管理システム(アラームシステム)は、異常診断に必要な情報をオペレータに与えることでオペレータの誤判断を防ぎ、正しい異常原因の特定を助けるための重要なシステムです。アラームシステムは、設計者の意図に強く依存するため、必ずしも合理的なアラームシステムとなっているとは限りません。そこで本研究では、アラームシステムの評価手法の提案を目的として、まずその評価基準となる標準的な異常診断過程のシステマティックな生成手法について検討します。


近年、地球環境問題と経済性の観点から燃料電池が注目されており、様々な形式の燃料電池の開発が進められている。なかでも、固体酸化物型燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)は、約1200Kの高温下で作動するため、現在実用化されている燃料電池の中ではシステム効率が最も高く、SOFCをコジェネレーションシステムに用いた場合の総合効率は80%以上にも達します。さらに、SOFCは、改質器を用いることなくメタン等を原料として直接利用可能であるため、これを発電システムに組み込むことにより多くの利点が生まれる。 一方、SOFCは、燃料電池部の構成材料がセラミックスであることからSOFC操作中の急激な温度変動、温度分布のバラツキ等に関して厳しい制約を有する。またSOFCは、作動温度が高く装置全体の熱容量も大きいため、起動・停止に長時間を要するという運転特性上の欠点を持つ。SOFCを分散電源システム、コジェネレーションシステムとして用いる場合には、電力負荷、熱負荷の変動に応じた頻繁な起動・停止、出力変更操作が要求されるため、その実用化のためには、電池の特徴および制約を考慮した最適な動的運転方法の導出が必要不可欠です。
そこで、本研究では、機器に課せられた操作上の制約を満足しながら、SOFCを常温から発電可能な温度まで昇温する起動時間、ならびに発電可能温度から常温まで降温する停止時間を最短にする動的操作方法の導出を試みます。また、熱容量が大きく昇降温に時間を要するSOFC発電システムの特徴を活かし、WSS(Weekly Start Stop)運転に関し、エネルギー消費量を最小にする操作方法についても検討します。