私自身はキリスト教徒ではありませんが,プロテスタントの高校に通っていた関係でアメリカの教会に何度か行ったことがあります。

教会はキリスト教の布教のためにあるのですが,アメリカの教会に接してみるとその役割は布教に限られていません。

その一つが社交の場としての教会です。日本人は会社中心の生活で,休日も会社の人と過ごすことも少なくありません。しかし,アメリカ人は,仕事は仕事と割り切っています。プライベートに付き合う相手を探す場として教会があります。教会には家族で行くので,安心して付き合いを始められます。また,社会的な地位や所得によって人々が集まる教会が異なっています。そのため,生涯で何度も教会を替える人もいます。教会によって付き合う相手が変わるのです。これが地域に根付いたアメリカの教会の一つ役割です。

地域に根付いていたという点では,以前の日本の寺や神社もそうだったと思います。また,キリスト教の大聖堂は,日本の大寺院や大神社に近い感じがします。大聖堂はその地域の象徴的な観光名所にもなっており,一歩その中に足を踏み入れると信仰に関わらず敬虔な気持ちになります。

地域に密着したアメリカの教会は,子供の遊び場にもなっています。私が知っている教会では,ビリヤード,ボウリング,ラケットボールなどを楽しむことができました。この話をある方にしたところ,日本の温泉宿に卓球台が置いてあるのと同じだと言われましたが,まったくその通りです。アメリカの田舎町では大した娯楽もないので,中学生までは教会で遊ぶことも多いようです。

また,アメリカの教会が文化を産み出すこともあります。その一つが教会で歌われるゴスペル(福音歌)です。ゴスペルで咽喉を鍛えて,歌手になった人も多数います。有名なところでは,ホイットニー・ヒューストンやマライア・キャリーです。少年少女の歌うゴスペルを聴きに教会に行くのも,アメリカの楽しみ方の一つかもしれません。