前回に引き続き,河合隼雄氏によって,日本の昔話を心理学的に考えてみます。母性が優位な日本では物語の主人公も女性で,父性が優位な西洋では主人公も男性になっています。

昔話では,母性の象徴である太母(グレートマザー)が重要な役割を演じます。神話や宗教でも太母は重要で,仏教の観音菩薩,古事記のイザナミ,キリスト教の聖母マリア,ギリシャ神話のヴィーナスが代表的です。彼女たちは,何でも受け入れ,育ててくれる母性の肯定的な面を表しています。

しかし,母性には否定的な面もあります。それは,昔話によくある,すべてを食べてしまう山姥や継子をいじめる継母です。

こうした母性の否定的な面は,何を表しているのでしょうか。

母親の子どもにたいする無限の愛情は,ときには子どもの精神的な自立を阻害することもあります。これを,継母の継子いじめで表しているのです。

山姥はすべてを食べてしまうのですが,食べることは一体化と変容を表します。ものを食べるとそれは体の一部に一体化し,食べられたものは形を変えて変容するのです。母性は妊娠と出産を伴います。女性が思春期に拒食症になるのは,子どもを産む体に変容することの拒否を表します。拒食症の女性は反動で過食症になることがあります。食べるのをやめることができなくなるのです。この状態が,まさに昔話の山姥です。母性への変容に伴う,母性の否定的な面を表しているのです。

日本の昔話では,母性の否定的な面である山姥は退治されてしまいます。山姥退治には鬼祓い・厄祓いが行われます。山姥の祟りを恐れて,社を建てて祭ることもあります。ここにも,山姥が太母の否定的な面を表し,太母と宗教とのつながりがあります。

太母は肯定的な面と否定的な面を合わせ持ちます。昔話では,美しい娘が山姥に変わることがよくあります。これは,女性の両面性を表しているようです。現代でも,美しい女性が実は暗い影の部分を持つこともあるのです。