小泉八雲ことラフカディオ・ハーンは,西洋人にして明治時代の日本人の心を今に伝えています。氏の『怪談』の「雪女」や「耳なし芳一」は,子供から大人まで広く親しまれています。『怪談』には,松山市に伝わる「十六桜」や「乳母桜」も収められています。どちらも,桜にまつわる日本人の生命観を題材にした短編です。皆さんも幼い頃から知っていて,内容を聞くと「ああ,あの話」と思い出せることでしょう。
ハーンは,アイルランド出身のイギリス陸軍軍医の父と,父が進駐地ギリシャの島で出会った母との間に生まれています。母系をたどれば,古代ギリシャの多神教の世界に行き着き,これが後に来日したときに八百万の神を理解する助けとなったようです。
程なく父は西インド諸島に単身赴任し,ハーンは母と二人で暮らすようになります。このときの楽しい想い出が生涯ハーンの心に生き続けることになります。
その後アイルランドへ移住しますが,ハーンが四歳のとき父親から一方的に離婚しています。ハーンは父方の大叔母のもとへ預けられ,フランスの神学校やイギリスの寄宿学校に行かされます。
寄宿学校ではいたずら好きで人気者だったようですが,ロープの結び目を左目に当てて失明してしまいます。しかし,視力が弱ったことで思索の世界に入っていくので,「塞翁が馬」ではありませんが人生何が幸いするかわかりません。
ハーンの人生は波乱万丈で,失明と同じ年に大叔母の破産によって退学を余儀なくされます。その後,ロンドンのスラム街で最下層の生活をへて,十九のときにアメリカに渡ります。
オハイオ州のシンシナティで,ハーンは印刷工から新聞記者に這い上がっていきます。そこで,混血女性マルシアと同棲生活を送ります。ハーン二十五歳のときのことです。マルシアは話し上手で,彼女から聞いた話がハーンの小説の題材になっています。結婚式まで挙げたのですが,この関係はすぐに破局を迎えます。